7年目になりました

久しぶりの投稿となってしまいました。

おかげさまで、教室は7年目に入りました。この時期に行う教室のプチ・ハロウィンは、生徒さんたちの笑顔のためでもありますが、自分へのささやかなお祝いでもあるのです。

この日は展示会用の作品作りを中心にプログラムして、お菓子探しやくじびきも含めて楽しみました。私、去年と殆ど同じ格好ですね(^^ゞ 

この週お休みされた生徒さん、また通信指導の生徒さんもいらしてお写真は全員ではないのですが、今年も多くの生徒さんとご縁を頂けています。保護者の皆さま、教室を貸して下さる志段味地区会館さん、長野新聞店さんにも大変お世話になりいつもありがとうございます。

言葉の森の講師となって8年、個人教室を初めて丸6年経ちました。小論文指導を含めると10年経ちました。が、作文・小論文指導はもちろん、音読や読書指導においても「これが正解だ」というやり方はないように感じます。

生徒さんの心や成長に寄り添いながら言葉を引き出す難しさ。同じ長文を使っていても生徒さんの個性や生活体験によってアプローチはさまざま。子どもたちを取り巻く環境もどんどん変わってきます。情報機器やSNSの普及、学習指導要領、受験制度もしかり…価値観の多様性もさらに広がりました。

何を目標に作文を教えていくのか。それは、揺るぎない信念があります。

よどみない文章を書くだけではない。小説家を育むのでもない。入賞するような作文や感想文を書かせることではありません。

まっ白な原稿用紙を、自分の言葉で埋めていくって大変です。一生懸命書き上げた毎回の作文には、凝縮された人生の1ページとも言えるもの。作文を書くことは、自分の言葉や思考で、人生を切り拓いていく練習だからです。

私は書き手=人生を自ら切り拓いて歩める人 を育みたい。


自分の心を整理する為だけに書くこともあるでしょう。

書くことでその場にいない誰かにあなたの経験や思いが伝わり、「共感」「賛成」「反対」といった自分と社会との接点が生まれます。自分の仲間が欲しい時はとくに「共感」が大事になってくるでしょう。

だから「伝わるように書こう」という指導も大事にします。他人はもちろん、後から読み返した時に、未来の自分にも伝わるように書こうね。言葉の森の教材や項目は「伝わるように書く」ためのヒントが多く載っています。ただ、それだけでは十分ではありません。

私は読む力、話をきちんと聞く力なくして書く力、考える力は育たないと考えます。


先ほど述べた価値観の多様性そのものを体験から学んでいくには限界があります。使っている言葉も、自分に近しい人たちに伝えるならパターン化したもので十分でしょう。(「ヤバい」とか、なんでも「カワイイ」とか(笑))


しかしながら世界はとても広い。

一歩外に出れば、伝わらないことの方が多い。それを知らなければなりません。


その世界への入り口となるのが読書、人との対話です。このへんは「言葉の森」の受け売りでもありますが。

最近は読書アドバイザーになるための勉強をしているため、読書についてのみ書きますね。


読書によって世界中、さらには何十年、何百年もの前の人との対話まで可能になります。

また、価値観の多様性は、世界だけでなく、自分の中にもあることでしょう。人生の岐路に立った時、強い自分、弱い自分、肩書のある自分、ない自分、あらゆる自分を認め受け入れる必要性も出てくるでしょう。そんな自分への気づきも、あらゆる本との対話がヒントをくれるに違いありません。

ネットに流れてくるつぶやきやまとめ記事と違うこと。

書籍化されたものは、出版されるために多くの人がかかわっています。作家はもちろん、編集者、出版社、印刷会社、取次、書店員、図書館員…みんなの手に渡るためには膨大な時間と手間がかけられているのですよ。それだけ、練られ、選りすぐられた文章と言えます。また、長く版を重ねられた本は、それだけ多くの人に読み継がれた、普遍性のある内容と言っても過言ではないでしょう。もちろん内容の好き嫌いや賛否両論はあるでしょうが。


電子書籍、スマホで読める小説などあらゆる媒体も登場するなか、「読書とは何か」を定義づけることは簡単にはいきません。

ただ私の教室においては、切り取られたコンテンツ、断片化された情報を目で追うことではなく、一冊の本(人生)(世界観)を理解すること。深く自分や世界を見つめ、思考を深め考え抜かれた言葉を知ること=読書、ととらえています。それらを足掛かりにし、自分の体験と感情について思考し、さらに自分の言葉で書く。書く作業はときに苦しいでしょうが、世界と自分の多様性に気付き、人生を歩むヒントにしていけると考えます。

しかしこの、一見面倒な作業。ほとんどの子どもたちにはその必要性はまだ見えていません。「読むの面倒くさい」「書きたいことがない」「伝えたいことなどない」という声も聞きます。

何も多くの言葉を知らずとも、自分で考えなくても、読書しなくても、とりあえず生きていくことだけはできますからね。自分から伝えなくても、周りが守り、わかってくれますからね。今はね。

(損したりだまされたり振り回されたりするかもよ~なんて時々言いますが…)


私の教室は自分で言うのもなんですが(笑)楽しい雰囲気やユーモアを大事にしています。必ず良い点を見て褒めます。けれど、いいかげんに取り組んでいたり、思考をあきらめているなと感じたりしたら、またのびしろのある作文には(ほとんどがそうですが)「こういう角度でふくらませてみよう」「ここは飾りすぎだから少し言いたいことを整理してみては」「こういう表現もあるよ」「筋道がずれているよ」と指摘、要求します。

何でも褒めてOKではなく、「伝わりにくいことを伝わるようにする」工夫はきちんとしてもらいます。信頼関係を築いてからですけれどね。


これからの時代をしなやかに生き抜くための、読書と作文を積み重ねていくためのコーチとして、自分を見つめ直すヒントをくれる場所としての役割を、細々とでもこの教室が担えればいいなと思います。試行錯誤の面も未だにあり、至らない点、ご理解ご協力をたまわることも多々ありますが、何卒よろしくお願いいたします。

一生修行、一生勉強。

読書作文教室 ことばの窓

読書、作文を通じて自分らしく、ゆたかに生きる心と力をはぐくむ教室